畏友・古川日出男が凄まじい仕事をやってのけた。
『13』『沈黙』『アビシニアン』(いずれも幻冬社刊)と、大胆な着想と非凡な構成力で独自の幻想的世界を書き上げてきた彼の最新作『アラビアの夜の種族』(角川書店刊)を読んで、俺はこの作品を世界で一番楽しんでいると感じた。
そもそも、書き手として嫉妬さえ抱くほどに面白い。だが、俺こそが最高最適の読者であると自負する理由は、少しばかり外れたところにある。
かつて俺がシナリオ(ストーリーから敵モンスター・アイテムの数値設定を含む)を担当した『ウィザードリィ・外伝II 古代皇帝の呪い』(アスキーより1992年発売)のノベライズ作品として、今もファンに熱狂的に支持されている小説がある。タイトルは『砂の王』(アスペクト刊)。書いていたのは古川日出男である。
『砂の王』執筆にあたって、彼と俺は綿密な会合を持った。当時より異彩を放つ古川テイストのプロットを示され、俺はひどく幸せな時間を過ごしたように思う。ウィザードリィのシナリオとして構築した物語要素と、マニアックに遊んでもらわぬ限り解り得ない数値設定のこだわりなどを、古川日出男はものの見事に読み取り、膨らませ、思いもよらぬ小説へと昇華させてくれたのだ。彼は素晴らしい理解者だった。極端な話、このソフトのディレクターよりも、シナリオに設定された“秘められた部分”を理解してくれていた。
この『砂の王』は最後まで、完璧とも思えるプロットが組み上げられていた。だが、残念なことに、第1巻が発行されてすぐに母体となる掲載誌の不振から連載が困難となり、続刊されることのないままやがて文庫のレーベル自体も消えてしまった。
俺は嘆いた。何故なら『砂の王』の続きをこの世で一番読みたがっているのが、誰あろう、終章までプロットを知り、なおかつこうなっては続きが出版される可能性は皆無に等しいとわかっているこの俺だったのだ。プライベートな作品として俺のために書いてくれとまで言いたかったが(いや、言ったっけか)、それは書くことを生業とする者には不可能な行為なのだ。俺の至福の時間は、『砂の王』連載中断とともに終わってしまった。
しかし、しかし古川日出男はやってくれた。俺の夢を叶えてくれた。
『アラビアの夜の種族』は、『砂の王』の物語をそっくりそのまま(無論、姿だけは変えて)、その幻惑に満ちた構造に組み込んだ作品なのである。迷宮のように多重に連なる物語の層のひとつとして、『砂の王』の世界を内包しているのだ。
これは、俺が心のどこかで8年間、待ち続けていた一冊だったのだ。
とにかく、誰が読んでも面白いとは断言できる。
しかしながら――。
この本は謎めいている。読み進めるうちに、いつしか足場がどこにあるのかも定まらぬ、それでも後戻りできずに暗がりを往く迷宮の探索者のような気持ちになるだろう。
古川日出男の仕掛けた罠を真っ先に看破し、『アラビアの夜の種族』なる書物の正体を知ることができる者は……。
おそらく『砂の王』の続編を望んでやまなかった読者ではあるまいか。
これを読まずして2002年は明けない。
俺も無性に物語を書きたくなったよ。